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2014年06月11日

天地創造と黄泉の国

「日本書紀」という正史がありながら、なぜ「古事記」は作られたのか。とりあえず、色々な意味を込めて、虚心に「古事記」を読んでみよう。(イラストはすべて小学館「古事記の世界」より)
勝手に読む古事記・1
天地創造と黄泉の国
天と地がはじめて姿を見せる。高天原に成り出た最初の神がアメノミナカヌシ。天の中心にいる大黒柱のようなこの神は、名目だけで何もせずに消えていく。その後も次々に神が生まれ、最後にイザナキ・イザナミの兄妹神が登場する。最初に矛を使ってオノコロ島を作り、その後は男女の交わりをなして国生みの島々ができていく。しかし、最初に女神であるイザナミから声をかけた事が原因で不具の子が生まれている。この子は、葦の舟に入れられ流される。流されたヒルコ(蛭子)がえびす(恵比寿・戎)として祀られるという民間信仰は興味深い。かくして東北以南の本州、四国、九州などが誕生する。何のことはない8世紀の版図。東国も異国だった。
天地創造と黄泉の国
イザナミはイザナギと協力して多くの土地と神を生むが、その最後に火の神カグツチを生んだ。イザナミは、カグツチの焔に焼かれて重いやけどを負ってしまう。死の床でイザナミは、鉱山・土・水にまつわる神を生んだ。その中の穀物神ワクムスヒが、伊勢神宮外宮の祭神トヨウケヒメである。やがてイザナミは亡くなり、イザナギはその亡骸を比婆山に葬った。悲しみにくれたイザナギは、ついにカグツチの首を刎ねてしまう。その血からタケミカヅチなど多くの神が生まれる。鉄の精錬技術を連想させる。破壊と生成の力を併せ持つ、火の性質が表現されている。
天地創造と黄泉の国
イザナミの死を深く悲しんだイザナギは、黄泉の国を訪ねる。黄泉の国の入り口で生前と同じ美しい妻と会う。しかし、扉の向こうに見たのは腐乱した骸(ムクロ)であった。イザナギは震えあがって逃げ出し、醜い姿を見られたイザナミは、「恥をかかせた」と怒って追っ手を遣わす。地上への通路である「黄泉つ平坂(ヨモツヒラサカ)」で、大きな岩を境として封じ難を逃れる。イザナミが、「あなたの国の人草を毎日千人ずつ殺してやる」と言うと、イザナギは、「それならば毎日千五百人ずつ生む」と言う。人は草なのである。生と死は循環し、人類の新陳代謝と繁栄が同時に実現していく。
天地創造と黄泉の国
黄泉の国から逃げ帰ったイザナギは、死の穢れを祓(ハラ)うため川で禊(ミソギ)をする。すすいだ左の目からアマテラス、右の目からツクヨミ、鼻からスサノオが生まれる。「三貴子」と呼ばれる。古事記では、物語の中の重要なものが登場する時、その数はたいてい「3」である。しかし、中空構造理論が働き、三つのものが登場しながら一つは抜け落ち、二項対立が起こる。ツクヨミはアメノミナカヌシと同じく名前が出てくるだけで、ほとんど役割を持たない。「アポロン的アマテラス」対「ディオニュソス的スサノオ」の二項対立が物語を進行させる。