
2019年03月07日
ニヒリズムを超えて

膨大な情報が流されるメディア空間。でもその情報が作り出す「擬似世界」は、本当に真実なのだろうか。最近、特にそんな思いを強くしている。
日本では、まっとうに評価されていない「三一節記念式での文在寅大統領演説」を虚心に読んでみた。やはりというべきか、とんでもないフィルターがわが国の報道にはかかっている。ネットでこの全文を探し出すまでに、どれだけの醜悪なヘイト記事に遭遇したことか。
現実を直視しない理念も、理念なき現実主義も共に危険だ。文在寅の言葉にはそれを払拭する凄みがある。彼が世界の傑出した政治家の一人であることは間違いないが、彼を生み出した韓国の「民主主義」にこそ、私たちの学ぶべきものがあるのではないか。では、読んでみよう。
「100年前の今日、私たちは一つでした」で始まる演説。
三・一独立運動の主役は「張三李四(平凡な庶民の意)」であるとし、被差別の人たち(白丁)を含む広範な民衆を挙げている。
「あの日、私たちは王朝と植民地の百姓から共和国の国民として生まれ変わりました。独立と解放を超え、民主共和国のための偉大な旅程を始めました」
ここが大韓民国という国家の出発点であると言う。
「三・一独立運動の喚声を胸に秘めた人々は、自身と同じような平凡な人々が独立運動の主体であり、国の主人であるという事実を認識し始めました」
大韓民国臨時政府の憲法に、世界の歴史上はじめて「民主共和国」が明示された。これこそが、この国の基盤なのである。植民地支配、軍事独裁体制と闘い続ける、政治の根源がそこにある。国民が権力なのだ。
「間違った過去を省察するとき、私たちは共に未来へと歩んでいけます。歴史を正すことこそが、子孫が堂々といられる道です」
「今になって過去の傷を掘り起こし分裂を起こしたり、隣国との外交で葛藤となる要因を作ろうということではありません」
「最も単純な価値をただすことです。この単純な真実が正義で、正義がただされることが公正な国の始まりです」
韓国は「理」や「義」に大きな価値規範を置く国である。けっして「利」という自国の物差しを当ててはいけない。
次に実に注目すべきことを語っている。彼の政治家としての譲ることのできない原点である。
「日帝は独立軍を『匪賊』と、独立運動家を『思想犯』と見なし弾圧しました。ここで『アカ』という言葉も生まれました。思想犯とアカは本当の共産主義者だけに適用されたのではありませんでした。民族主義者からアナキストまですべての独立運動家に烙印を押す言葉でした」
『アカ』という言葉は解放後も民衆弾圧のシンボルとなる。
「良民虐殺とスパイでっちあげ、学生たちの民主化運動にも国民を敵と見なす烙印として使われました。解放された祖国で日帝下の警察出身者が独立運動家をアカと見なし拷問することもありました。多くの人々が『アカ』と規定され犠牲となり家族と遺族は社会的な烙印の中で不幸な人生を送らなければなりませんでした」
「今も私たちの社会で政治的な競争勢力を誹謗し攻撃する道具としてアカという言葉が使われ、変形した色分け論(レッテル貼り)が吹き荒れています」
独裁体制下、激烈な民主化闘争を戦い抜いてきた政治家の、骨太な一面が垣間見える。
「私たちの心に刻まれた『38度線』は、私たちの中を分ける理念の敵対を消す時に共に消えることでしょう。互いに対する嫌悪と憎悪を捨てるとき私たちの内面の光復(解放)は完成するでしょう。新しい100年は、その時こそ真に始まることでしょう」
「過去100年、私たちは公正で正義が実現する国、人類みなの平和と自由を夢見る国に向けて歩んできました。植民地と戦争、貧困と独裁を克服し、奇跡のような経済成長を成し遂げました」
「4.19革命と釜馬民主抗争、5.18民主化運動、6.10民主抗争、そして、ろうそく革命を通じ平凡な人々が各自の力と方法で私たち皆の民主共和国を作り出しました。3.1独立運動の精神が、民主主義の危機を迎える度によみがえりました。新たな100年は真に国民の国家を完成する100年です」
永続的な民主主義革命。それがこの国の歴史であり、それこそがこの国の物語なのだと言う。
「朝鮮半島の空と陸、海で銃声が去りました。非武装地帯から13体の遺骸と共に和解の想いも発掘しました。南北の鉄道と道路、民族の血脈がつながっています。西海5島の漁場が広がり、漁民たちの大量の夢が大きくなりました。虹のように思われた構想が私たちの眼の前にひとつひとつ実現しています」
「もうすぐ、非武装地帯は国民のものになるでしょう。世界で最もよく保存された自然が、私たちにとって祝福となるでしょう。私たちはそこで、平和公園を作るなり、国際平和機構を誘致するなり、生態平和観光をするなり、巡礼の道を歩くなり、自然を保存しながらも南北韓の国民の幸せのために共同で使うことができるでしょう」
「それは私たち国民の、自由で安全な北朝鮮への旅行につながっていくでしょう。離散家族と失郷民たちが、単純な再会を超え故郷を訪問し、家族親戚を会えるように推進していきます。朝鮮半島の恒久的な平和は多くの山を超えてこそ確固たるものになるでしょう」
「私たちが手に入れた朝鮮半島の平和の春は他人が作ってくれたものではありません。私たち自らが、国民の力で作り出した結果です」
「統一も遠い所にある訳ではありません。差異を認め、心を統合し、互恵的な関係を作るならば、それこそが正に統一です」
憎しみ合い殺しあってきた分断と対立の歴史が清算されようとしている。もはや、この流れを止めることはできない。
「朝鮮半島の平和は、南と北を超え東北アジアとASEAN、ユーラシアを包括する新しい経済成長の動力となるでしょう」
「アジアは世界でもっとも早く文明が栄えた地域で多様な文明が共存する所です。朝鮮半島の平和をもってアジアの繁栄に寄与します。相生を求めるアジアの価値と手を結び世界の平和と繁栄の秩序を作ることを、共に行います」
そして、南北融和に冷淡なこの国にもこう呼びかけている。
「朝鮮半島の平和のために日本との協力も強化していきます。『己未獨立宣言書』は3.1独立運動が排他的な感情ではなく、全人類の共存共生のためのものであり、東洋の平和と世界平和へと歩む道であることを明らかに宣言しました。『果敢に永い間違いを正し、真の理解と共感を土台に、仲の良い新たな世界を開くことが、互いに災いを避け、幸せになる近道』であることを明かしました。今日にも有効な私たちの精神です」
「過去は変えることはできませんが、未来は変えることができます。歴史を鏡にし、韓国と日本が固く手を結ぶ時、平和の時代がはっきりと私たちの側に近づいてくるでしょう。力を合わせ、被害者たちの苦痛を実質的に治癒するとき、韓国と日本は心が通じる真の親友になることでしょう」
日本と韓国が真の親友になる道は自明である。植民地支配の歴史を正しく清算することである。謝るべきことをきちんと謝らず、札束で人の頬を叩いている限り、問題はいつまでもぶり返す。「義」の国に「利」で対応してはならない。
今だけ、カネだけ、自分だけ。そんな、刹那主義と利己主義の蔓延する日本。私の目に映る韓国の魅力は「ニヒリズムを超えていく」力にある。