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2025年03月03日

現実に起こった『ソウルの春』



 2024年12月3日夜、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は「非常戒厳」の宣布を発表。12月4日午前4時頃、たまたま目覚め、ネットを見て知った。現実に起こったこととは思われず、しばらく頭が混乱した。急いでテレビをつけてみたが、日本ではNHKから民放まで何の報道もなく「のどかな世界」だった。しかし、韓国ではとてつもない「ドラマ」が進行していた。


 実はこの事件の前に、韓国国民の約4分の1に当たる1300万人を動員した大ヒット映画があった。『ソウルの春』。1979年10月、軍事独裁政権パク・チョンヒ(朴正煕)大統領が暗殺され、民主化運動の機運が高まった。この時期を「ソウルの春」という。これを踏みにじったのがチョン・ドゥファン(全斗煥)。
 クーデターを指揮して軍の実権を握り、1980年に非常戒厳令を発布。金大中ら有力政治家を逮捕。言論を統制弾圧し、光州では民主化を求める市民や学生を武力で鎮圧した。45年前にあった事件をもとに作られた映画が『ソウルの春』。皮肉なことに、それを見た韓国市民は既に「学習」を終えていたのだ。




 危機感を持った大勢の市民が国会議事堂の周りに集まった。歴史の一部でしかなかった光景が目の前に現れた。そうした中、国会に議員が入るのを助けるため、兵士の銃をつかんだ女性の姿が注目された。「何もしないなんて無理だった」。野党「共に民主党」の報道官アン・ギリョンさん。インタビューでアンさんは、「考える暇はなかった。ただ、これを止めなければならないと分かっていた」と話した。



 ウ・ウォンシク(禹元植)国会議長。国会正門前には警察官らが立ちはだかっていたため、拘束されないよう脇にあるフェンスを乗り越えて敷地内に。議場に駆けつけたウ・ウォンシク国会議長は議決をあせる議員にこう言った。「こんな時には、一つの瑕疵もあってはならない」。




 定数300の韓国国会で、4日未明に集まった与野党議員190人全員が非常戒厳の解除要求に賛成した。議員たちは議決後も政府による議会解散強行を警戒し、議席にとどまっていた。尹錫悦(ユン・ソンニョル)は宣布から約6時間後、国会の要求に従って解除を発表した。


 尹錫悦大統領が宣布した戒厳令が国会によって解除された4日未明、国会前に集まった市民たちは抗議を続けた。
 それにしても尹大統領は唐突な非常戒厳令など出したのか。北朝鮮の脅威や中国に操られた「反国家勢力」から韓国を守り、自由民主主義を守るためだと説明した。
 選挙で大勝した野党を「従北勢力」、「間諜(スパイ)」だと罵る。国民の意思により正当に選ばれた人たちに対する態度ではない。いや彼らは不正選挙で当選したのだという根拠のないデマを吹聴する。
 尹錫悦がそう思うのは勝手だが、言論で表現すればいいものを、軍隊を動かし、国会機能を停止し、言論を統制し、集会・デモを禁止するなど、民主主義社会ではあり得ない行為である。
 「どっちもどっち」論を振りかざす日本のメディアは、目も当てられないほどに腐りはてている。これは意見の違いなどではなく、常識対非常識の問題なのだ。


 国会前に集まった市民たちの「戒厳を解除せよ」というスローガンは、すぐに「尹錫悦を逮捕せよ」に切り替わった。20代女性「『従北(北朝鮮追従)反国家勢力』という言葉が、2024年にも通じると考えていることにまずショックを受けた」。30代女性は「正気の沙汰ではない」という言葉を繰り返す。30代男性「非常戒厳令なんて、ふざけるな。大統領が国民を不安にさせて良いのか」。20代男性「国民を抑圧するために戒厳令を敷くのは独裁政権のやり方と変わらない、怖い」。光州市民「非常戒厳は光州市民にとってより一層衝撃的だ。一体誰が反国家勢力だというのか」


 市民たちは尹大統領の戒厳令宣布の責任を問い始めた。「戒厳宣布は憲政秩序破壊と権力乱用であり、市民社会は黙っていない」「国民が与えた権力をむしろ国民を抑圧する道具として乱用しようとする今回の事態は明らかに反憲法的であり、民主主義の根幹を揺るがす深刻な犯罪行為だ」。韓国の「民主主義」はその底力を発揮し始める。


 梨花女子大学は、1886年にアメリカ人宣教師が創設した梨花学堂(イファンハクツタン)が前身。1919年、日本の植民地支配に抗議する三一独立運動が全土で燃えさかった時、多くの梨花学堂の少女たちが街頭で抗議の声をあげた。その一人、16歳の「柳寛順(ユグァンスン)」は郷里の天安(チョナン)に戻って抗議活動を続けて逮捕され、翌年、獄死する。
 2016年7月、梨花女子大学で大学経営に反対する運動が始まった。7月30日、大学総長は大学本館で学生と対話を行うことを約束したが、時間になって現れたのは1600名の警察官。屈強な警察に取り囲まれた女子学生たちは、恐怖に震えながら互いに腕を組んで歌を歌い始めた。その歌が少女時代の『また巡り逢えた世界』。
 
 私たちの目の前にある、けわしい道 想像もつかない未来と壁 
 それは、変えられない でも、あきらめたくない
 この世界の中で繰り返される 悲しみにさよならを
 たとえ、道に迷うことがあっても かすかな光を私は追い続ける
 いつまでも一緒にいよう また巡りあう世界で

 
 梨花女子大の学生たちが歌う姿に誰よりも早く反応したのは、2016年の「ろうそくデモ」に参加した若い女性たちだった。当時の朴槿恵大統領を辞任にまで追い込んだ「ろうそくデモ」の現場で、彼女らは『また巡り逢えた世界』(「Into the New World」)を歌い続けた。


 「Into the New World」には、「新しい世界がたとえ悲観的であっても飛び込んで変えろという趣旨が込められている」と作詞家キム・ジョンベは語る。作り手の意図を越えて、それは大きく一人歩きし始めていく。


 混乱の中でも、「市民社会」は迅速に行動を起こしていった。非常戒厳宣布の当夜、深夜にもかかわらず、多くの市民が国会議事堂のある汝矣島(ヨイド)に駆けつけ、堂内に立ち入ろうとしている軍隊に立ち向かった。
 また、尹錫悦の弾劾訴追案が議会で票決にかけられた12月14日には、100万人以上の市民が国会付近に集まり、与党議員が尹錫悦を擁護することに抗議の声を上げた。
 退陣を求める大規模デモが連日続く。そこには民主主義の回復のために行動する市民がいた。そしてその中心には若い女性たちがいた。「改革娘(개딸)」と呼ばれる彼女らは、インターネットやSNSを上手に活用しながら声をあげ、尹錫悦の弾劾を求める大規模なデモに活躍した。


 市民の大規模なデモや集会は、決して勇ましい悲壮なものではない。政治的メッセージの合間に楽しい歌やパフォーマンスが繰り広げられた。
 たとえば、K-POPの象徴であるペンライトがデモの道具に化している。カラフルなペンライトを持ち上げたデモ隊が合唱するのは、抗議や戦闘を想起させる歌ではなく、K-POPの名曲であったりする。
 さまざまな色のペンライトが広場一面を彩る様子は、政治集会というよりもコンサートのようだ。
 市民が自主制作した旗には、「腹立った猫の連盟」、「全国末端冷え性持ち、集まれ」、「論文を書きながらも飛び出した人たち」など、ユーモアに満ちたフレーズが掲げられた。


 「先払い」(선결제)という、新たな応援文化も登場した。これは、デモ参加者のために飲食物やモノを事前に購入して提供する仕組み。
 例えば、有名なシンガーソングライターのIUは、弾劾デモに参加するファンのために汝矣島付近のベーカリーや食堂、カフェなどで800食分のスナックと飲み物を「先払い」し、アイドルグループのニュージーンズのメンバーも500食以上を「先払い」してデモ隊を応援した。
 多くの匿名市民がこれを実践しており、デモ参加者たちは近くのお店に立ち寄り、無料の飲食物を手に入れたり、寒さをしのぐことができた。多様性と開放性を重視するパフォーマンス型デモ文化が、新しい市民連帯を生み出していった。
 非常戒厳や大統領弾劾という厳しい現実に直面しながらも、デモ参加者たちの表情は明るく、前向きであった。そしてそのテーマソングであるかのように「Into The New World」があちこちで歌われた。


 尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する弾劾訴追案の2回目の採決が12月14日夕、国会で行われた。在籍議員300人の3分の2以上の賛成で弾劾訴追案は可決された。
 投票の直前には、最大野党「共に民主党」の朴贊大(パク・チャンデ)院内代表が議案を説明。「12月3日午後10時半に民主主義の心臓が止まった」「尹錫悦の弾劾こそ憲法秩序を回復する唯一の方法だ」「弾劾することで民主主義が機能していると、世界に示さなくてはならない」と議員らに訴えた。


 禹元植(ウ・ウォンシク)議長が可決を宣言すると、最大野党「共に民主党」など野党側からは歓声が沸き起こり、与党「国民の力」の議員らは静かに議場を後にした。


 12月14日、尹大統領を弾劾する決議が国会を通過した瞬間、国会周辺ではやはり、「Into The New World」が鳴り響いていた。



 2025年1月4日、大統領官邸周辺で尹大統領の弾劾を求める集会があった。その夜、厳寒の雪の中、徹夜で座り込みを続ける女性たちがいた。写真には「ありがとう、ごめんなさい、応援します」と書かれている。


 集会参加者たちのため、漢南洞のカトリック修道院の神父さんが手を差し伸べた。


 極寒のソウルで夜を徹して尹の逮捕を求める市民のために、トイレや休憩する部屋を提供した修道院。神父さんがBTSの公式応援棒(ペンラ)を手に、女性たちをトイレまで案内している姿があまりにも神々しい。人間の「暖かさ」を感じさせずにはいられない。


 TBS井上貴博アナは韓国の戒厳令で「韓国には民主主義が根付いていない」と発言し問題となった。
 「野郎自大」という言葉がある。 中国西境にいた部族「夜郎」が、漢の巨大で広大であることを知らずに、自分たちがもっとも勢力があると自慢し、おごり高ぶっていた。ここから、愚かな者が自分の力量をわきまえずに、得意になっていばっていることを例えて言う。
 韓国では、日帝の支配と戦い、軍事独裁体制の圧政下、民主主義を求めて戦い続けた抵抗の歴史が子から孫へと脈々と受け継がれている。闇の中の一つ一つのロウソクの輝きが人々を勇気づけてきた。たとえ大きな矛盾を抱えても、韓国の民主運動はしたたかで根強く、世界最先端のレベルであることは間違いない。無知は恐ろしいことだ。無恥は悲しいことだ。隣国に謙虚に学び、共に友好の輪を広げていきたいものだ。
 この記事を書くのに、どれだけの情報阻害に悩まされたことか。こんなに情報があふれているはずなのに、求める情報は見事に切断されていた。出てくるのは嫌韓とヘイトばかり。それも気づかず「韓国には民主主義が根付いていない」などという無知と無恥からは卒業したいものだ。私たちは私たちの民主主義を草の根から築き上げていきたい。
  


Posted by biwap at 22:02KOREAへの関心