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2017年07月08日

先回りした服従

先回りした服従

◎朝日新聞2017年7月7日朝刊「耕論」
「先回りした服従、悲劇生む」ヴィルヘルム・フォッセさん(政治学者)
 ドイツには「フォラウスアイレンダー・ゲホルザム」という言葉があります。忖度と同じように、訳すのは難しいですが、直訳すれば「先回りした服従」という意味です。なぜ、ホロコーストのような大量虐殺が起きたのかを説明する際によく使われます。
 法律や社会のルールを守り、税金を納める。家庭では、よい息子、よい娘で、ほめられたい。周囲に波風を立てないよい隣人で、異議を唱えようとしない態度が、結果として非人道的な悲劇を生む土壌になったのです。
 日本の政治と社会の研究を30年以上してきました。日本とドイツは似ています。まじめで時間を守り、先回りして自主的に服従します。ドイツの戦後と日本の戦後もある時期までは非常に似た道をたどったと思います。ドイツ人は独裁の被害者として、新しい国の再建に全力をつくしました。保守政権が続き、ドイツ車が世界を走るようになり、1954年にはサッカーのワールドカップで西ドイツが優勝しました。
 自信を取り戻しつつあったドイツ人に大きく影響したのが、68年から世界を覆った若者の反乱でした。きっかけは米国でのベトナム反戦運動です。日本でも、日米安保体制に対する反対や大学制度を見直す運動があり、環境運動などその後の市民運動にも様々な影響を与えました。ドイツでは若者たちが、教授や親の世代が戦争中に何をしていたのかを問いただす運動に発展したのが大きな特徴でした。
 「ガウンの下の千年のホコリ」。第三帝国を「千年王国」と称したナチスとの関係が、大学教授の着るガウンの下に隠れていないか。過去を白日の下にさらそうという動きが、社会全体に大きく影響しました。
 民主的だったワイマール体制がヒトラーの台頭を許してしまったのは、制度の欠陥ではなく、民主的な思考と行動をする市民が足りなかったとの理解が広まったのです。それまで、先回りして服従するのがよい市民だとされてきた考えから、疑問を公的に発する成熟した市民になることが重要だという考えが共有され、意識が変わったのです。
 日本はそうなっていません。この意識は国の発展も左右するでしょう。
 工場で高品質の製品を大量につくるには、波風を立てず、仲間や上司の期待に応えることが役立ちます。それは日本でもドイツでも証明されてきました。
 しかし、世界は新しい価値やそれまでになかったサービスや商品を生み出す大競争の時代に入っています。摩擦や対立を恐れず、多様な意見や価値を認め合う社会的な基盤は民主主義を存続させるだけでなく、経済的な競争の側面からも、求められていると思います。