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2016年06月14日

15番目の月

道草百人一首・その78
「忘れじの 行く末までは 難ければ 今日を限りの 命ともがな」(儀同三司母)【54番】

15番目の月

 「いつまでも忘れない」とおっしゃる。でも、遠い先のことなど誰にも分かりはしない。それなら、いっそこのまま命が終わってしまえとさえ思ってしまうのです。
 儀同三司母(ギドウサンシノハハ)。高階成忠(タカシナナリタダ)の娘。藤原道隆(ミチタカ)の妻となり、伊周(コレチカ)や一条天皇の后・定子(テイシ)を生む。この中宮定子に仕えたのが清少納言。
 関白・道隆が夫として作者の家に通いはじめた頃に歌った歌。「今、このまま死んでしまいたい」というのは、新婚ほやほやの妻の「幸せ表現」でもある。ただ、平安時代の「通い婚」は一種残酷な制度。夫が妻に愛を感じなくなると、家を訪れなくなり、そのまま離婚。生活費も途絶え、妻の家はさびれていく。
 幸せ過ぎて恐かった。将来への不安は悲しくも的中する。夫の死後、息子・伊周は時の権力者・藤原道長によって謀反の嫌疑を掛けられる。一族は失脚。彼女の晩年も不遇なものとなる。



Posted by biwap at 06:14 │道草百人一首