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2016年08月09日

本当の「お気持ち」

本当の「お気持ち」

本当の「お気持ち」

本当の「お気持ち」

本当の「お気持ち」

本当の「お気持ち」

 沖縄県東村高江。米軍ヘリパッド建設のため、暴力的な反対派排除が行われた場所である。そこに一人の女性が現れた。「反対派を強硬に弾圧した人間の妻がなぜノコノコやってくるのか」。安倍昭恵。建設に反対する住民たちのテントで対話を試みた。
 地元住民の怒りや疑念。夫の外遊にはファーストレディとしてにこやかに同行。選挙では首相の名代として地元で演説。沖縄でも自民党の基地賛成派候補の応援演説をして、「夫は独裁者ではない」と安倍首相を擁護。その一方、「反安保・反原発・親韓国」など、安倍政権の政策に真っ向から反対する言動。「夫の強硬政策のガス抜きを演じているのではないか」という見方もある。しかし、安倍首相と結託している訳でもなさそうだ。彼女の中に、安倍首相とは真逆の価値観があるのかもしれない。
 子どもができなかったことへの、周囲からのプレッシャー。「たとえばお酒の席で、選挙区の後援者の方に『あなたは嫁として失格だ』とか『人間としてダメだ』みたいなことを言われて…。私がやりたくてもできないこと、欲しくてもできないことに対して、『何でここまで言われなくてはいけないんだろう』と」
 安倍首相の家族政策は「介護や子育ては家庭の責任」。改憲草案でも「家族の助け合い」や「正しい家族のあり方」を強調。少子化対策として3世代同居策。しかし、昭恵氏はこう述べる。「今の家族には、本当にいろいろな形がありますよね。理想の家族はあってしかるべきですが、現実には、母子家庭、父子家庭があり、祖父母に育てられる子もいれば、児童養護施設で育つ子もいる。何を家族と呼ぶかは、私たちが決めればいいと思うんです。それは地域かもしれないし、好きな人同士が集まっている空間かもしれない。血縁関係だけが家族じゃなくて、自分たちが家族と思う人たち同士が支え合っていく社会になるのではないでしょうか」
 個の生き方や幸福を尊重する考え方。その延長線上に、平和や原発に対する想いがあったのかもしれない。期待や幻想を持っている訳では全くない。ただ、人間としての「真意」は何なのか、その「気持ち」に興味がわく。そして、もう一人。
 明仁天皇。国民主権を定めた日本国憲法。そこでの「象徴天皇」の在り方とは何なのか。言葉を選びながらも、誠実に問いかけた会見。例の如く、メディアはその本質を正しく伝えることはないだろう。でも、人間としての「真意」は何なのか。その「気持ち」が知りたい。以下、LITERAXの記事を引用。

 本日、公表された天皇自身の「お気持ち」を表したビデオメッセージだが、その中身は予想以上に踏み込んだものとなった。
 たんに高齢で天皇としての務めが十分に果たせなくなる懸念を表明しただけでなく、各地に出かけ国民の傍に寄り添うことこそが象徴天皇の役割であり、単純に公務を縮小するのは「無理があろう」と明言。「摂政」をおくという措置に対しても違和感を表明した。また、昭和天皇の崩御のときに起きた自粛が再現されることへの懸念を示し、大々的な葬儀についても「避けることは出来ないものか」とはっきり意思を表した。
 これは、明らかに安倍政権の周辺から出てきている「生前退位反対論」を牽制する意図があってのものだろう。
 実は7月にNHKが「生前退位ご希望」の第一報を打った際、菅義偉官房長官は報道に激怒し、そのあとも政府関係者からは「生前退位は難しい」という慎重論ばかりが聞こえてきていた。「国務を減らせば済む話」「摂政で十分対応できる」、さらに「天皇が勝手に生前退位の希望を口にするのは、憲法違反だ」という声も上がっていた。
 また、安倍政権を支える「日本会議」などの保守勢力からはもっと激しい反発が起こっていた。たとえば、日本会議副会長の小堀桂一郎氏は産経新聞で「生前退位は国体の破壊に繋がる」との激烈な批判の言葉を発している。
「何よりも、天皇の生前御退位を可とする如き前例を今敢えて作る事は、事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻である。全てを考慮した結果、この事態は摂政の冊立(サクリツ)を以て切り抜けるのが最善だ、との結論になる」(産経新聞7月16日付)
 安倍政権の御用憲法学者で、日本会議理事でもある百地章・日本大学教授も朝日新聞にこう語っていた。
「明治の皇室典範をつくるときにこれまでの皇室のことを詳しく調べ、生前退位のメリット、デメリットを熟考したうえで最終的に生前譲位の否定となった。その判断は重い。生前譲位を否定した代わりに摂政の制度をより重要なものに位置づけた。そうした明治以降の伝統を尊重すれば譲位ではなくて摂政をおくことが、陛下のお気持ちも大切にするし、今考えられる一番いい方法ではないか」(朝日新聞7月14日付)
 安倍首相の周辺や日本会議が生前退位をヒステリックに否定したがるのは、それが彼らの極右思想の根幹と真っ向から対立するものだからだ。
 そもそも生前退位というのは、江戸時代後期以前の皇室では、しばしば行われていた。ところが、明治になって、天皇を頂点とする国家神道を国民支配のイデオロギー装置にしようと考えた政府は、大日本帝國憲法と皇室典範によって、この生前退位を否定、天皇を終身制にした。「万世一系」の男性血統を国家の基軸に据え、天皇を現人神と位置づける以上、途中で降りるなどということを許すわけにはいかない。終身制であることは不可欠だった。
 それは、この大日本帝國憲法の復活を最終目標にしている安倍首相と日本会議も同様だ。周知のように、自民党の憲法改正草案でも、日本会議の「新憲法の大綱」でも、天皇は「国家元首」と規定されている。彼らが天皇を神話的な存在に戻し、国民支配の装置として再び政治利用しようという意図をもっているのは明らかであり、生前退位を認めるというのは、その目論見が水泡に帰すこととイコールなのだ。
 しかし、天皇は今回のメッセージで、こうした日本会議や安倍首相が狙う戦前的な天皇制復活、天皇の国家元首化をきっぱりと否定した。それはたんに生前退位を示唆しただけではない。天皇はメッセージの間、何度も「憲法」「象徴」という言葉を口にした。
「天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」
「天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます」
 さらに、天皇は「天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には」と、天皇を「機能」という言葉で説明した。
 つまり、「象徴天皇」があくまで国民の総意にもとづく「役割」であり、国民の声を聞き寄り添う「機能」を有している必要がある、と語ったのだ。そして、その“日本国憲法下の象徴としての天皇”のあり方を守るために、生前退位の必要性を示唆したのである。
 これは天皇を「国家元首」とする改憲をめざし、「万世一系、男系男子」にこだわる安倍首相や日本会議にとっては、ありえない言葉だっただろう。
 実際、この「お気持ち」表明の後、異常な早口で通り一遍のコメントを読み上げる安倍首相の様子は、明らかに不本意なときに安倍首相が見せるいつものパターンだった。
「安倍首相やその周辺の右翼連中はもともと、天皇陛下のことを『ヴァイニング夫人に洗脳されている、国体の破壊者だ』と言っていたくらいで、天皇陛下のお気持ちなんて一顧だにしていなかった。生前退位や女性宮家の問題もずっと裏で要望を出されていたのに無視されていた。それが今回、天皇に『国民へのメッセージ』というかたちで、問題を顕在化されてしまったうえ、憲法と象徴天皇制のありようまで語られてしまったわけですからね。いまごろ、はらわたが煮えくりかえってるんじゃないでしょうか」(ベテラン皇室記者)
 天皇が今回、この「お気持ち」を公表した裏には、単純に高齢化への不安から生前退位を実現したいという以上に、天皇という存在が皇太子の代になっても政治利用されないよう「日本国憲法における象徴としての天皇のありかた」を伝えておきたいという気持ちがあったと言われている。
 戦前回帰を企図する安倍政権がすんなりと生前退位を認めるとは思えないが、少なくとも国民にはその思いは伝わったのではないだろうか。