2015年08月12日
無責任な再稼働

「原発がなければ社会生活は成り立たない」と言われた。「人の命を危険にさらしていいのか」と脅かされた。「原発ゼロは無責任だ」と罵倒された。「原発ゼロ」なんてありえないものだと洗脳されてきた。ありえないはずの現実が実現した「原発ゼロ」。それを終わらせることの歴史的責任はとてつもなく重い。
首相は原子力規制委員会がOKを出したので再稼働するという。ところが原子力規制委員会は一言も安全だとは言っていない。一定の基準をクリアーしただけで、あとは知らん。責任は到底責任能力のない電力会社にあると言う。事故が起これば、また「想定外でした」と涼しい顔をするのだろうか。責任者の顔が見えない。いや、ほっかむりしているあの男だ。
もう騙されない。それなのに指をくわえて見ているしかないのか。「消費税率アップを延期する。だから国民に信を問う責任がある」と訳のわからない理屈で莫大な税金を使い総選挙。多数を与えたばかりにこの有様だ。ルソーは言った「人民が自由なのは選挙の時だけで、選挙が終われば奴隷になる」。
誰が意思決定し、その責任は誰が負うのか? 核廃棄物の処理もできないのに、これ以上、核のゴミを増やす責任は? 再生可能エネルギーへの道を結果的に潰してしまう責任は? 万一、事故が発生した時の責任は? 未来への責任の重さの自覚もなく、無責任な再稼働が進んでいこうとしている。
Posted by biwap at 06:22
│辛口政治批評