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2019年08月01日

キム・ヨナの3456

キム・ヨナの3456

 作家の広瀬隆氏が「AERA dot(アエラドット)」に韓国映画や韓国現代史に関する記事を連載している。以下、抜粋引用。
<みなさん、キム・ヨナを知ってますよね。2010年のカナダ・ヴァンクーヴァー・オリンピックのフィギュアスケート金メダリストで、2018年平昌オリンピックの最終聖火ランナーをつとめた韓国スポーツ界で人気№1の女王です。
 彼女は、もともと音楽の才能が抜群だからフィギュアの女王になったので、歌唱力も一流で、反政府ブラックリストを作成した朴槿恵(パク・クネ)前大統領とは“犬猿の仲”だった。今年3月1日、韓国民にとって一世紀の歴史を振り返る重要な記念日に「3456(スリー・フォー・ファイヴ・シックス)」という曲を彼女が素敵な声で歌ったのはそのためだ。
 今年の100年前、1919年3月1日に、朝鮮を植民地化する日本に憤激する「三・一独立運動」が起こって、この日が現在の韓国の実質的建国記念日とみなされているのである。3月1日から5月まで激烈な反日運動が朝鮮全土に拡大したのだが、日本の原敬内閣が軍隊を派遣して徹底的に弾圧し、7509人が大量虐殺されて独立運動は鎮圧されてしまった。朝鮮人死者は、朝鮮各地の記録を合計した正確な数字である。日本人は、実におそろしいことをした民族だ。
 キム・ヨナの歌の最初の「3」が、この三・一独立運動の3である。「4」は、国家保安法の拷問国家を生み出した李承晩(イ・スンマン)政権を打ち倒すため1960年4月19日に起こされた学生革命運動の「4」月である。「5」は、光州虐殺事件の1980年「5」月18日で、「6」は盧武鉉(ノ・ムヒョン)と文在寅(ムン・ジェイン)が投獄された1987年の「6」月民主抗争だ。つまり3456の数字は、韓国の独立運動と、本稿で紹介してきた民主化を実現するために韓国民が命を懸けて闘った貴重な歴史を物語っていた。
 そのような完全に政治的な歌をフィギュアスケート界の女王が歌うところに、韓国人の反骨精神を感じるのは、私だけではあるまい。その時、日本のテレビ報道界は改元なんかで騒いでるんだからね。
 さて、日本人に強制連行されて働かされた朝鮮人(現在の韓国人)に対して、韓国大法院(最高裁)が日本企業に賠償を命じたことにかこつけて、日本のテレビ報道界が、「日韓国交正常化の時に、日本は韓国に金を払ったではないか」というトーンで一斉に韓国政府の文在寅政権を批判し始めたのはなぜか、という理由を知らない人もいるので、説明しておく。
 戦後におこなわれた日韓国交正常化という外交事業は、1965年6月22日に日韓請求権協定が締結されて、日本は韓国に経済協力資金を支払いながら、35年の長きにわたって朝鮮を植民地支配したことを罪と認めなかった。その間、日本は、70万人以上という朝鮮人を主に農村地帯で強制的に拉致して、炭鉱や金属鉱山での採掘、道路やトンネル建設の土建業、鉄鋼業などの重労働に駆り出しておきながら、今日現在まで、大被害に遭って人生をめちゃくちゃにされた朝鮮人労働者個人に対して、まったく賠償してこなかった。
 膨大な数の被害者たちは高齢になって次々とこの世を去ったが、被害者が日本企業に賠償を求めたのは当然である。日韓基本条約を締結した当時の外相・椎名悦三郎が1965年11月19日の国会で、「協定によって韓国に支払った金は、経済協力でありまして、韓国の経済が繁栄する気持を持って、また新しい国の出発を祝うという点において、この経済協力を認めたのでございます」と語り、賠償ではなく“独立祝い金”だったと明言した。
 1965年の協定そのものが損害賠償とは無関係であることは、1991年8月27日に、外務省条約局長だった柳井俊二が参議院予算委員会で日韓基本条約の請求権協定について「いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」と明言していた通りだから、韓国大法院判決が日本企業に賠償を命じたのは、当たり前も当たり前の経過である。
 ところが、日本の首相・安倍晋三と外相・河野太郎が日本企業に「賠償金を払うな」と指導してきたのだ。それはおかしいと批判すべきテレビ報道界が、あべこべに率先して韓国批判をスタートしたわけである。
 このおかしな経過を見ていて私が気づいたのは、強制労働被害者に対する個人補償を定めずに日韓国交正常化の条約を結んだ韓国の大統領・朴正熙(パク・チョンヒ)が、軍事クーデターで権力を握って、ヒットラーと同じように反対勢力を全員投獄した男だったという歴史を、日本のテレビ報道界がまったく知らないのだ、ということであった。
 1965年、日韓国交正常化の交渉内容が発表されると、植民地支配時代の侵略者・日本に対してまったく賠償を求めていない日韓条約に、韓国民は激怒し、「日本との屈辱外交に反対する全国民闘争委員会」が結成され、ソウル大学では多くの学生が断食闘争に突入するなど、反対の声が爆発的に韓国全土に広がった。
 当時の大統領・朴正熙(パク・チョンヒ)は、この世論に追いつめられたので、非常戒厳令を発布して、学生をはじめ1000人以上を逮捕し、内乱罪などで弾圧を続けて、反対の声を鎮圧したのだ。
 このように軍事独裁者・朴正熙が戒厳令下に強権をふるって、韓国民の声を圧殺して日韓条約を締結したのだから、そもそも、ほとんどの韓国民は、日韓基本条約も請求権協定も認めていなかったのである。
 そして昨年2018年10月30日に韓国最高裁の賠償命令判決が出された時点でも、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権の与党「共に民主党」だけでなく、与党の政策を支持する少数党「正義党」と、反対勢力であるほかの野党も含めて、韓国民のほぼ全員が、韓国最高裁の「賠償金支払い命令」判決を支持したのだから、判決は「韓国民の総意」であり、現在の論争の原因は文在寅政権の政策とは関係がなかった。
 日本のテレビ報道界が叫んだ文在寅批判はまったくの見当違いであった。1965年から現在まで、韓国民の意見が変わっていないことは明白である。これまで日本と韓国の民衆は仲良くしていたが、こうして日本のテレビ報道界の恥ずべき間違いによって日韓関係が悪化したのである。
 このような戦時中の賠償問題で日本と比較されるドイツでは、リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領(当時)が、「過去に目を閉ざす者は、現在をも見ることができない」という格調高い演説をドイツ連邦議会でおこない、ドイツ人がナチス時代におこなった過去の行為について、被害国と被害者に対して誠実に謝罪し、賠償もし、国内法によってネオナチ的行為を禁止できるようにしてきた。その結果、ドイツに対する戦時中の批判はまったく起こっていない。
 ところが、戦後に周辺諸国に対して誠実に謝罪せず、賠償責任を積極的に正しく果たそうとしてこなかった日本人は、「金を払えばいいのか?」という程度のレベルの低い認識しかなく、戦時中の行為を心から反省もしていない。特にテレビ報道界は、何か言われるとすぐに開き直って「それは反日だ」というキャンペーンを続けてきた。これからアジアの外国人労働者を数多く受け入れようとしているのが日本であるならば、「いつまでも人権を無視して、恥ずかしくないのか?」と尋ねたくなる。
 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と韓国の文在寅大統領が、昨年4月から南北首脳会談を3度も開いて、いまだに両国のあいだで休戦協定さえ結んでいない1950年代の朝鮮戦争を完全に終わらせ、南北朝鮮が平和統一に向かっていこうとしている姿勢に対して、足を引っ張っているのが、日本の全テレビ報道界なのだ。若いので歴史を知らないからといって、許される態度ではない。
 安倍晋三が、無条件で北朝鮮の金正恩委員長に首脳会談を求めても、北朝鮮がその申し出を一笑に付したのは当然である。北朝鮮で強制連行した労働被害者たちに対する巨額の賠償についても、日本は国交正常化の第一歩からやり直さなければならないというのに、「韓国の強制連行被害者に対して日本企業は賠償金を支払うな」と叫ぶような安倍晋三が、戦後処理の国交正常化交渉をしていない北朝鮮に対して、戦時中の大きな罪の償いに踏み切るはずがない。加えて、国連を通じて、声高に北朝鮮制裁を叫んできた人間が安倍晋三なのだから。>