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2016年07月29日

仙人になれそうもない

仙人になれそうもない

仙人になれそうもない

 昨春、京大原子炉実験所を助教のまま定年退官し、「仙人になる」と長野県に転居した小出裕章さん(66)。「政治嫌い」の彼は何を語ったのか(『サンデー毎日』2016年7月17日号から)。

 日本列島には中部地方から関西、四国を通って九州南西部まで貫く中央構造線という巨大な活断層があります。小松左京さんのSF小説『日本沈没』(1973年)はその中央構造線が割れ、日本列島の南側が太平洋に沈んでいくストーリーですが、中央構造線は愛媛県・佐田岬半島の伊方原発のすぐ北を通ります。
 伊方原発の設置許可取り消し訴訟は1973年秋から始まり、私も住民側の証人になりました。同時に裁判と並行して、私は原発近くの海の泥の放射能汚染調査を始めたのです。地元には「磯津公害問題若人研究会」というグループがあり、漁民も参加していましたので、海の汚染を公表するのは勇気のいる選択でした。
 私たちの調査では、取水口側より放水口側のコバルト60の濃度がずっと高かった。四国電力が汚染水を流していても、県や四電の調査では一度も検出されない。彼らの測定機器は私たちのより精度が低かったのです。しかし、汚染結果を公表したため、さすがの四電も海へ流す放射能の量を減らすべく努力するようになった。けれど、私がかかわった伊方原発1号機に対する裁判は敗訴しました。
 ただし、福島第1原発事故を受け、2011年に新たな運転差し止め訴訟が起こされています。佐田岬の根元に位置する伊方原発で事故が起きれば、そこから先の住民は絶対に逃げられません。県は大分県へ船で避難することを想定していますが、海が荒れたら終わりなんです。
 原発を巡る裁判では14年5月、大飯原発3、4号機の運転差し止めを求めた訴訟は1審・福井地裁で勝訴した後、現在名古屋高裁で審理中です。再稼働した高浜原発3、4号機の運転を差し止めた仮処分決定に対する関西電力の執行停止の申し立ては今年6月、大津地裁が却下しました。決定の取り消しを求めた異議審も同じ裁判長の担当だけに、却下される可能性が高い。
 しかし上級審になるほど裁判所は体制寄りになるので、高裁まで行けば判断がどう変わるかはわかりません。司法も行政、電力会社と一体化して原発を動かす方向に流れる可能性が高いと私は思います。
 さらに原子力規制委員会が、高浜原発1、2号機について最長20年の延長稼働を認めたことは看過できません。田中俊一委員長は「耐用年数40年」との原則を定め、それを超えた認可は「例外」としたのです。ところが、例外とする確かな根拠もない。これでは原則を設けた意味がない。さすが“原子力ムラ”の住民で固めた原子力規制委員会と思うしかありません。
 福島原発事故では、科学者を含む“原子力ムラ”の住人は何を起こしても処罰もされないし、責任も取らずに済むということが図らずも証明されてしまった。もし、事故の責任を問われて刑務所に行くかもしれない、となったら誰も再稼働など指示できません。
 田中委員長は川内原発について「新基準に適合している」としながら、「安全とは申し上げない」と逃げました。どんな構造物も「ゼロリスク」はありえず、この言い方は技術を操る者としては当然です。けれど、「基準に合致した」と言えば、安倍首相に「安全性を確認した」と論理をすり替えられる。委員長の立場ならそのことは承知のはずですから、田中委員長は責任を逃れ得ません。
 一方で、「核のゴミ」の問題は全く進展がない。
 政府が考えている高レベル放射性廃棄物の地層処分、使用済み核燃料を地下に埋める方法はやってはいけません。地下で10万年、100万年と安定させなくてはならず、それを保証できる科学は存在しない。「じゃあ、どうするのか」と問われたら、「わからない」と答えるしかない。そもそも自分で始末できないゴミを作ることが間違い。これ以上、ゴミを出さない決断をして、既にあるゴミの処理を考えるべきです。
 現状では、地上にコンクリートで保管する乾式キャスクしかないと思います。容器の蓋(ふた)はパッキンで封印されますが、劣化して放射性物質が漏れる。頻繁にパッキンを交換すれば、取り換え作業で被曝(ひばく)労働が増えてしまう。それでも、地下に埋めて目に触れなくする方がよほど怖い。常に監視できる状態に置くべきです。
 参院選が公示されましたが、政府の閣議決定によれば、30年時点での原発依存度が20~22%。実現するには、現在停止中の原発を全て再稼働しても足りない。必然、新規増設となります。それなのに原発が争点になっていないのは残念です。
 敗戦から4年後に生まれた自分は「戦後世代」と思っていましたが、昨年7月に安全保障関連法が可決、成立するなど、今の日本は「戦前だ」と気付きました。近いうちに日本が戦争に引きずり込まれるのではという危機感があります。
 俳人の金子兜太(トウタ)さんや作家の澤地久枝さんの呼びかけで毎月3日、JR松本駅前で「アベ政治を許さない」というポスターを持って立ち、「戦争反対」「原発反対」を訴えています。退官する際、「(俗世間と離れた)仙人になりたい」と言いましたが、簡単にはなれません。
 福島原発事故の収束も見えない中、原子力で生きてきた私には重い責任がある。「私でなければ」という仕事を厳選し、やれることはやっていきたい。 「簡単に仙人にはなれません」