新自由主義の墓場

biwap

2023年09月14日 16:46



 「El Pueblo Unido Jamas Sera Vencido!」(団結した民衆は決して敗れない!)
 2022年3月、南米チリで36歳の若き大統領が誕生した。ガブリエル・ボリッチ。10年前には高等教育の無償化を求める大規模な学生運動のリーダーであった。1973年9月11日のピノチェトによる軍事クーデターによってアジェンデ人民連合政府が転覆されて以降、約半世紀の時を経て、再び左派政党の大統領が誕生した。
 新内閣は、女性大臣14人、男性大臣10人の編成。24人中7人が30代。画期的なジェンダー平等と新しい世代のリーダーシップ。その背後には、社会的な不平等、先住民への抑圧と不正義、女性への差別や暴力、汚職や腐敗と闘う大規模な社会運動があった。
 「チリは新自由主義が生まれた場所であり、その墓場にすることだってできる」
 選挙中も選挙後も、ボリッチは自信を持ってそう言っている。ピノチェト独裁政権下で経済政策を作ったのは、新自由主義の提唱集団「シカゴ・ボーイズ」出身の経済官僚であった。チリは水道を完全に民営化した世界で数少ない国の一つである。1980年には、その「改革」は経済分野を超えて教育や社会保障にも拡大。年金と教育の民営化は、新自由主義の中心的なプロジェクトであった。世界に先駆けて国民年金制度を解体し、民間投資ファンドが運営する年金基金機構がとってかわっている。
 ボリッチらはセクト主義や革命によって資本主義を終焉させるというような、古い社会主義や共産主義左派とは一線を画す。彼らが目指すのは、環境、公共サービス、文化、そして女性の権利や多様性、先住民の権利を守ることによる、具体的な生活の改善であり、そのために新自由主義と決別することであった。
 南米12カ国では2019年に「大きな政府」を掲げてアルゼンチンで左派政権が復活。ボリビアでも反米左派政権が2019年にいったん崩壊したが1年で返り咲いた。ペルーでも新自由主義に反対する元小学校教師のカスティジョ氏が大統領に就任。チリを含めて七カ国で左派政権が誕生し、かつてない「左派ドミノ」の波が起こっている。中米ホンジュラスでは「貧困と格差是正」を訴えた左派のカストロ氏が大統領選に勝利した。


 2022年10月30日。ブラジル大統領選の決選投票がおこなわれ、左派・労働者党のルラ元大統領が、右派現職のボルソナロに勝利し、政権の座に返り咲いた。中南米では、メキシコ、ニカラグア、コロンビア、ベネズエラ、ボリビア、アルゼンチン、ホンジュラス、ペルー、チリと主要国で軒並み左派政権が誕生している。
 80年代以降、世界に先駆けて新自由主義の実験場とされた「米国の裏庭」中南米。今、新たな歴史が幕を開けようとしている。
 勝利宣言したルラ大統領は、「これは私や労働者党の勝利ではなく、政党や個人の利益、イデオロギーをこえて形成された民主主義運動の勝利だ」と、集まった数十万人もの人々に呼びかけた。
 そして選挙中、かつてない規模のフェイクニュースや嘘が垂れ流され、人々を翻弄したことにふれ、今後は教育分野への国家投資を拡大し、文化省を復興させ、文化に関する州委員会を設立し、教育や文化に誰もがアクセスでき、雇用と収入を生み出す産業にまで成長させることを強調。
 「文化を恐れる者は、民衆を嫌う者、自由を嫌う者、民主主義を嫌う者であり、文化の自由がなければ、世界のどの国も真の国とはいえない」と述べた。

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