孤立無援から

biwap

2023年09月14日 17:22



 人と人が殺しあっていたら、すぐに止めるのが当たり前じゃないか。不思議なことに人殺しを止めようとしない「正義の味方」の顔を見たら、昨日の同志だったりして愕然とする。


 和田春樹著『ウクライナ戦争即時停戦論』の書評を抜粋引用する。 
 著者はロシア史・現代朝鮮史の研究者。ベトナム戦争以来、反戦平和・国際連帯の市民運動にとりくんできた。ウクライナ戦争をめぐっては、ロシアのウクライナ侵攻直後からいち早く「即時停戦」を訴え、「憂慮する歴史家たちの声明」。「日韓市民共同声明」。G7広島サミットに向けた「今こそ停戦を!」まで、学者仲間とともに連続的なキャンペーンを展開してきた。


 本書は、ウクライナをめぐって揺れ動く情勢の変化と、運動への賛否あわせた反響を丹念にとりあげ、ウクライナ戦争の内実に迫り、停戦の具体的な方策を提起するものとなっている。
 戦争には反対しなければならず、もし戦争になれば、即時停戦を働きかけなければならない。
 みずから空襲のなかを逃げまどった体験を持つ著者は、国民の多くが共有しあうそのような信念で活動してきた。ところが、ウクライナ戦争ではそのようなあたりまえの考えが以前のようには通用しなくなったことを痛感したという。
 マスコミはロシアを非難し、「ウクライナ支援」といって戦争を煽る報道をくり返す。そればかりか、「共産党」など「平和運動勢力」の一部やロシア研究者の間からも「侵略者ロシア」「専制主義者プーチン」を非難し撤退させることが第一で、そのためにウクライナの戦いを前進させることなくして停戦はありえないと主張するありさまであった。
 ウクライナの多くの民間人が砲弾に倒れ、強制動員されたウクライナとロシアの若者が殺し合うような戦闘をただちに止めるよう求めることが、正義に反するというのだ。それは今も続いている。
 徹底的に相手をたたきつぶすまで戦うのか、それとも戦闘を即時中止し交渉に入るのか。著者はそれ以外に選択肢はないと強調する。
 和平と停戦は別の問題であり、とくに二国間の戦争においては停戦することなく、正義や戦争犯罪、領土問題などを第三国を含めて解決する道筋を開くことはできないという。
 本書では特別に一章をもうけて、朝鮮戦争において複雑を極めた停戦過程を詳細に分析し、それとの比較でウクライナでの停戦の方策を提起している。
 著者はロシア研究の専門家としてプーチンの思想、信条、主張をロシア史の流れのなかで分析的にとりあげ、「プーチン=ヒトラーの再来」という見方を否定する。
 ロシアとウクライナは350年間一つの国であった。2014年のマイダン革命を前後したウクライナ東部での紛争、それに続く今日の事態は、「ソ連解体から生じたウクライナの独立に関連する対立の産物」なのだ。ウクライナ、ロシアの国民大衆の厭戦気分には兄弟同士のたたかいへの痛みがともなっている。
 なによりもウクライナとロシアは昨年、早くも開戦から5日目には停戦交渉を始めていたのだった。どちらの側も停戦を望んでいたが、「ブチャの虐殺」報道をきっかけに吹っ飛んでしまったかのように見える。著者は、そこではバイデン米大統領がポーランドでロシアに対する戦闘宣言ともいえる「ワルシャワ演説」をおこなったことが大きいと見ている。
 バイデンはウクライナ戦争を「専制主義」に対する「民主主義」の戦いと見なし、アメリカ主導の戦争(=代理戦争)として操作することを隠してはいない。さらに、この紛争は長引き、「少なくとも数年間は続く」と公言してはばからない。そして、「最終的には外交的に終わらせる」とのべている。
 著者は、そこにウクライナ戦争がアメリカにとって「新しい夢の戦争」であること、同時にその限界も明確に示されているという。米軍はこの戦争に直接参戦せず、戦死者も出さない。ロシアと戦って死ぬのはウクライナ人であるから、ロシアとの直接的な戦争にならない限り長く戦争を続けることができる。そのもとで、アメリカ製の武器を大量にウクライナに送り戦場で消費するので、兵器産業は莫大な儲けにあずかり喜んでいる。
 アメリカにとって、この戦争の目的はウクライナの軍事的勝利ではなく、ロシアの力を可能な限り弱めることにある。だからロシアとの直接的な軍事衝突の危険性が高まれば、ただちにウクライナ支援を止めて「外交的に終わらせる」というのだ。こうしたアメリカの新しい戦争のやり方は、アジアにおいて「台湾有事」を叫び、中国との緊張を高めて日本を武力衝突の最前線に立たせ戦場にしようとする動きにも貫かれているといってよい。


 岸田政府はウクライナ戦争を口実に「防衛政策の抜本的転換」を進めるが、本書はその愚かさにも踏み込んでいる。アジアにおいて日本がウクライナのような悲惨にいたらないようにするというのなら、中国や北朝鮮、ロシアとの緊張と軍事的対抗に走るのではなく、対話によるアジアの平和を追求する以外に道はないのだ。
 著者は「憲法九条擁護」をとなえて、「専制主義対民主主義」を旗印にしたアメリカの戦争に組み込まれていく潮流との違いを鮮明にしている。
 当初は孤立無援状態から始まった著者らの即時停戦の運動だが、その創意的な行動を通して市民の共感と支持を大きく広げてきた。そして、欧米を中心に「今こそ停戦を!」の声を上げる世界の知識人、文化人との連携をも強めてきた。本書全体に、「平和」を口で叫ぶだけでなく現実を変える実践を通してつかんだ運動への確信がみなぎっている。


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