命より大事なものはないはず
3月4日「羽鳥慎一モーニングショー」。テレビ朝日の玉川徹氏は次のように述べた。
「民間人の(犠牲が)桁違いに増えていく戦争になる可能性が高いと思うんですね。戦力は圧倒的にロシアの方が上なわけですよ。こうなってくると、ウクライナはここまで勇敢に戦っているわけですが、どこかでウクライナが引く以外には、桁違いに死者が増える」
「死者が増えないようにするのは指導者の大きな責任ですから。誇りを持って戦っている事態ですが、引くということを考えないと」
「もっと早く降伏すれば、例えば、沖縄戦とか広島、長崎の犠牲もなかったんじゃないかと思います」
これに対して、東京大学先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏は「日本の場合、自分から戦争を始めて、アメリカにものすごい反撃を食らったという事例ですよね。今回、ウクライナには何の非もないのに、ロシア側から侵攻された。早く降伏すべきだというのは道義的に問題のある議論」
それでも玉川氏は「圧倒的な戦力差があるなかで、これは長引けば、市民の犠牲が増えるということが積み重なっていくんだなと思うんですよ」「誇りも大事だし、我々外国の人間が軽々に言えないかもしれないけど、命を守ること以上に、大事なことは果たしてあるんだろうか」
小泉悠氏は、一人一人の命よりももっと大切なものがある、国家の主権と独立を失うことは国民の命を失うことよりも重大で、どれほど犠牲を出しても最後まで戦って守り抜かねばならないものだという主張をしている。
戦後、この価値観は否定されたはずだった。戦争で国家のために命を落とすのはバカらしく、国を守るために死ぬことなどあり得ない。自分や家族が生き延びることが第一だ。
本当ならば小泉悠の言辞に対してアレルギー反応を示すはずの世論が、攻撃されるのは逆に玉川徹だった。石原慎太郎が、櫻井よしこが、小林よしのりが吐いていた言葉を、イデオロギーとは無縁な風貌の専門家が何気なく語る。誰も違和感を持たなくなってしまった。野党までもが、もっと強い制裁をと叫び、首相はオロオロとうろたえる。
人の命以上に大事なものはないし、あってはならない。それなのに、悲惨な戦争を目の当たりにしながら、好戦意識ばかりが異様に高まっている。反戦デモなのか、打倒ロシアの戦勝祈願デモなのか訳が分からない。少しでもロシア寄りとみなされた「非国民」はネット空間で袋叩きにあう。それも、右翼ではなく「リベラル」に。
そうか、戦争というのはこんなふうにして引き起こされていくのかと、他人事みたいに呟いて、思わず背筋が寒くなった。
「命は一つ 人生は一回だから 命を捨てないようにね あわてると ついふらふらと お国のためなのと 言われるとね 青くなって 尻込みなさい 逃げなさい 隠れなさい」
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