ペンタゴン・ペーパーズ

biwap

2018年04月09日 23:16



 裁判が終わり、キャサリンは報道陣を避けて、裁判所の階段を降りて立ち去ろうとする。そんな彼女を階段に詰めかけた名も知らぬ女性たちがじっと見つめながら無言の声援を送る。
 『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』。スティーヴン・スピルバーグ監督はこの作品をトランプ大統領登場の「いま」公開することにこだわった。アメリカでは昨年12月に公開。3月30日から公開された日本でも、気持ちが悪いほどタイムリーな作品となった。


 亡き夫の後を継いでワシントン・ポストの社主となったキャサリン・グラハムをメリル・ストリープが、「ペンタゴン・ペーパーズ」公開に圧力をかけるニクソン政権に反発し続けるワシントン・ポスト編集主幹のベン・ブラッドリーをトム・ハンクスが演じている。
 極秘文書「ペンタゴン・ペーパーズ」。当時泥沼化していたベトナム戦争についての客観的な調査・分析を行った7000ページに及ぶ資料。そこには米政権がベトナムで行った軍事行動の実態と「勝てる見込みがない」戦争へと国民を駆り立てていったことが記されていた。その事実は、虚偽の報告によって長年国民を欺いてきたことを意味する。


 ニューヨーク・タイムズ紙がその一部をスクープし、ニクソン政権から差止請求・反逆罪を問われるという圧力をかけられる。ニクソン政権がニューヨーク・タイムズに対して行った報道圧力は、他のメディアを怯えさせるのに十分な効果を発揮した。そんな中、アメリカ初の女性新聞発行人キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)と編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)率いるワシントン・ポスト紙が、文書の全文を入手。掲載するのか否かに迷いながらも、報道の自由を守るための戦いを始める。
 メディア人の矜持を貫き通して文書公開を断行しようとするベンに対し、役員たちは会社の経営のために政権の意向を飲むよう説得。社主のキャサリンは両者の板挟みになり「ペンタゴン・ペーパーズ」公開の可否をめぐって重大な決断を迫られる。


 「政府VSメディア」の戦いの映画であると同時に、まだ女性経営者などほとんどいなかった1970年代にあって「ペンタゴン・ペーパーズ」騒動を機にキャサリンが人間として成長していく物語でもある。周囲が男性ばかりであるためにその能力を過小評価され、自身も積極的に表に出ることを好まなかった彼女が、真実の報道と新聞社の社主としての使命感から、自身を解き放つかの様に決断を下すまでの過程が描かれる。
 「真実を追い求めるのがアメリカのメディアだと思うし、もちろん怖いことだってたくさんある。しかし、それが民主主義の基盤だと思う」「報道の自由を守るには報道しかない」
 トランプ大統領就任後、わずか45日後に製作発表。「いま撮らなければならない」「いま訴えなければならない」というスピルバーグ監督の危機感がうかがえる。それはまるで、政権の恫喝に怯え忖度だらけとなった日本のメディアに向けられているかのようでもある。


 権力による報復を恐れて萎縮し、異なった意見や価値観による議論が行われないことは危険だ。どんなに巨大な相手でも決して見て見ぬ振りをせず、一個人が声を上げることが大切だ。
 エンドクレジット終了後まで、席を立てなかった。「絶対に諦めちゃダメだ」。そう、この作品は語っていた。


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