どこにも逃げ場はない

biwap

2016年10月06日 21:56

道草百人一首・その92
「世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる」(皇太后宮大夫俊成)【83番】


 皇太后宮大夫俊成こと藤原俊成(フジワラノトシナリ)。百人一首の撰者、藤原定家の父。西行と並ぶ、平安末期最大の歌人。余情幽玄の世界を歌の理想とする。この歌は、俊成27歳の時の歌。
 西行の出家にショックを受けた俊成。自らも出家しようと山奥に入った。その時、鹿のなんとも言えない哀しげな声が聞こえてきて、ハッと我に返る。「この世の中には、悲しみや辛さを逃れる方法などないのだ。思いつめて分け入ったこの山の中にさえ、哀しげに鳴く鹿の声が聞こえてくる」
 出家したとしても、生きている以上、どこにも逃げ場はないのだ。鹿の声に出家を思いとどまる。「悟り」とは、諦めきれぬと諦めることなのかもしれない。諦(アキラ)めるとは、明らかに見ることでもある。絶望に向き合わない希望はない。
 藤原俊成は、63歳で出家し91歳まで生きた。指導者として、息子・定家をはじめ、後世に残る優秀な歌人を多数輩出した。


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