ベトナム・コーヒー事始
私たちが買うコーヒー豆。表示されている生産地はブラジルやコロンビアなどである。しかし、ブラジルに次ぐコーヒー豆生産国ベトナムについては、あまり知られていない。
もともとベトナムでコーヒーを栽培していたわけではない。宗主国により形成された植民地型経済の一つである。1884年から1945年までの間、ベトナムはフランスの植民地だった。コーヒー豆が持ち込まれ、農園が開発された。当時フランスではアラビカ豆が主流だったが、ベトナムの土地には適さなかった。
19 世紀末に、サビ病が流行し世界中の主要なコーヒー産地に大きな被害をもたらした。サビ病によってアラビカ種が全滅したところに植えられたのがロブスタ種である。かつてコーヒー生産国であったスリランカでコーヒーの木が全滅したのもサビ病が原因。スリランカはロブスタ種ではなく茶の栽培へと転換し、今では有名な茶の輸出国となった。
ベトナムの土地に適したのはロブスタ種であった。ロブスタ種は病気に強く暑さにも強い。アラビカ種は標高1000m以上の高地でなければ育たない。アラビカ種が栽培される地域は限定的となり、それだけ産地名が重要になる。ロブスタ種に転換したベトナムでは、比較的容易にコーヒー栽培地域が拡大していった。また、アラビカ種は施肥や剪定などに手間がかかるのに対し、ロブスタ種はしばらく放っておいても実を着ける。病気にも強いので、農薬を撒く必要性も少ない。この簡単さが、ベトナムでコーヒーが急速に広がっていった原因の一つ。国際市場でベトナム・コーヒーが価格競争力を持つ理由ともなる。
1995 年にブラジルでの不作によりコーヒーの国際価格が高騰。ベトナムでもコーヒー・ブームが起こり、多くの農民がコーヒー栽培に参入していった。ベトナムのコーヒー生産は急増。しかしそれは過剰生産となって世界的に深刻な問題を引き起こした。2001 年から2002 年にかけて、世界のコーヒー価格は暴落。「コーヒー危機」と呼ばれた。他国がコーヒーの国際価格低迷に苦しんでいた時、価格競争力を持ったベトナムはシェアを広げていった。
しかし、世界第2 位のコーヒー輸出国となったものの、ベトナムの名前はコーヒーの産地としてほとんど知られていない。その大きな理由がロブスタ種にある。コーヒーには主に二つの種類がある。一つはアラビカ種。ジャマイカのブルーマウンテンなど、世界各地の有名な産地の名が知られている。それに対してロブスタ種は味が劣り、単独で飲まれることはほとんどない。ブレンドされたり、インスタント・コーヒーの原料として用いられる。だから、ベトナム・コーヒーの名前を表に出して売られることはほとんどない。ベトナムコーヒーの生産量は,こうして消費者の目に見えないところで着実に増加し続けていたのだ。
ベトナムコーヒーというと、フィルターを使い、カップの上に乗せ、コーヒー豆をふくまらせ、一滴一滴落とすという、実に辛気臭いイメージがある。濃くて苦いので練乳を入れるのが定番。もともと冷蔵庫がなく、牛乳を手に入れても、保存するのが困難だったので、牛乳の変わりにコンデンスミルクを使ったのが始まりだとか。そんなにもまずい安物コーヒーなのか? いや、原生種に近いロブスタ種には魅力がある。ブラックで飲んでも、その苦さとコクと香りはヤミつきになるものがある。
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