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2016年10月05日

人生へのエロス

道草百人一首・その91
「思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり」(道因法師)【82番】

人生へのエロス

 こんなに恋しているのに、あの人への想いは通じない。つれないあの人をひたすら思い続けて、もう考える気力も失ってしまった。それほどまでに疲れ果てているのに、命はなくならずまだ堪えている。堪えきれずに落ちてくるのはただ涙だけなのだ。
 あきらめきれぬ恋に身を焦がす抑えきれぬ情念。しかしそれとは裏腹の、朽ちていく人生への深い憂愁が色濃く漂う。生きながらえる物体である「命」と、堪えきれない心の象徴である「涙」の対比。一見恋を歌いながらも、老境に入った人生への深い洞察がそこにはある。
 道因法師(ドウインホウシ)。本名、藤原敦家(アツイエ)。80歳を過ぎてから出家し、晩年は比叡山に住む。90歳を過ぎてからも、歌会に出て講評を熱心に聞いていたそうだ。死後、千載集に歌をたくさん載せてもらったお礼に、選者・藤原俊成の夢枕に立ったとか。あくことなき探求心、驚きと冒険と憧憬。燃える思い(エロス)こそ、人生のカンフル剤。